早く作れる時代だからこそ、“何を作るか”――伊藤忠テクノソリューションズが挑むAI駆動開発時代の要件定義
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社

伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 クロステック推進部 嶋田 健太郎 氏
マルチベンダーSIerとしてローコード開発を長年けん引してきた伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)。その営業の最前線に立つクロステック推進部の嶋田 健太郎氏は、生成AIの普及にひとつの懸念を見ている。「使えないシステムが、どんどん高速に作られてしまう」。
同社がAI駆動開発の文脈で扱い始めたのが、ROUTE06が提供するAI要件定義プラットフォーム『Acsim(アクシム)』と、Cognition AIが開発したAIソフトウェアエンジニア『Devin(デビン)』だ。速く作れる時代だからこそ問われる上流工程の再定義――嶋田氏が描く、人とAIの役割分担の未来像を聞いた。
「使えないシステムを高速で作ってしまう」――ローコードの先にCTCが見た課題
システム開発は、コードを「速く作れる」段階に入った。生成AIとローコードの組み合わせが、開発の手間を大きく下げたからだ。ただ、速さは万能ではない。伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)のクロステック推進部で営業に立つ嶋田氏は、生成AI時代の開発にそんな危うさを感じている。
CTCは国内大手SIerの一社でありながら、特定のメーカーや製品に閉じない立ち位置をとる。「この製品を売るというよりは、お客さまの課題に対して最適な技術や製品を組み合わせて提案できる」と嶋田氏は語る。マルチベンダーとして、国内外のIT企業とのパートナーシップを背景に、複数の技術や製品を組み合わせて顧客に提案する立場だ。
嶋田氏が属するクロステック推進部は、ローコード開発プラットフォームを長年主管してきた部署だ。従来のフルスクラッチ開発は、エンジニアがコードを書き込むぶんカスタマイズ性は高い。一方で開発コストはかさむ。業務に特化したシステムを素早く作りたい――そのニーズに応えてローコードは普及し、いまや当たり前の選択肢になった。
そこに生成AIが重なった。ローコードと生成AIを併用すれば、これまで以上に速く、効率的にシステムを組める。ただ、速さには裏側がある。要件定義が甘ければ、現場で使われないシステムが高速で積み上がっていく。作る力が上がったぶん、設計の誤りもそのまま量産されてしまう。
だからCTCは、上流工程の要件定義に立ち返った。「本来価値のあるシステムがちゃんと作れるようにしていく」。これがAI駆動開発の文脈で新たな製品を扱い始めた起点である。問われるのは作る速さではなく、人とAIで何をどう作るかという切り分けだ。

丸投げではなく、分担――AIと人で開発工程をどう切り分けるか
開発が速くなったいま、問うべきは作り方そのものだ。どの工程を人が握り、どこをAIに渡すか。嶋田氏が繰り返すのは、特定の製品ではなく、この切り分けの考え方だ。「AIに全部丸投げというよりは、AIと人で作業を役割分担した」。
要件定義は、その切り分けがとりわけ難しい領域だった。このシステムはこう使われるからこう設計すべき――その判断は熟練者の経験と勘に宿る。職人技ゆえに、設計の意図は当人の頭の中にとどまりがちで、後から別の人がたどり直すのは難しい。属人性こそが、要件定義の弱点だった。
考え方を具体化した一例が、ROUTE06が提供するAI要件定義プラットフォーム『Acsim』である。会話や会議の議事録、既存の業務資料をもとに業務フロー図を描き起こし、課題の抽出から改善方針の提示、動くプロトタイプ、設計書の作成までをひと続きで支援する。これまで熟練者の頭の中にあった設計の段取りを、AIが目に見える形に整理する。「曖昧さが残っていたり、属人化していたりする業務を、AIを使って整理して形にできる」と嶋田氏は話す。要点はツールそのものより、上流を可視化するアプローチにある。
同じ発想は、実装側にも及ぶ。Cognition AIが開発したAIソフトウェアエンジニア『Devin』は、人が指示を与えると、専用ワークスペースまたはLinuxベースの仮想マシン上の開発環境で、計画を立て、コードを書き、テストやデバッグまでを自分で進める。SlackやGitHubでやり取りでき、人間は同僚の成果物を見るようにレビューすればよい。Acsimが上流を、Devinが実装側を受け持つ。特化する工程は違うが、人が手を動かす部分を切り出してAIに渡すという思想は共通する。
切り分けの先に、何が残るのか。手放せる作業をAIに預けたぶん、人は本質的な検討に時間を充てられる。本当にこれでよかったのか、このシステムはもっと見直すべきではないか――そうした問い直しこそ、嶋田氏が価値の核心と見るところだ。
ただし、現状を大きく見せることはしない。CTC自身の導入実績はまだ多くなく、顧客に伴走しながら使い方を探る段階にある。「どれぐらい効果が出たか、定量的な数値を出すことができない」と嶋田氏は率直に認める。前向きな反応は集まりつつあるが、実績の蓄積はこれからだ。

汎用AIでは届かない「企業の文脈」――人に残る判断
ChatGPTやCopilotがあれば、要件定義はAIに任せられるのではないか。嶋田氏はまず、汎用AIの価値を認める。優れたツールであり、AI活用の入口としては重要だと。ただ、企業のシステム開発の現場では、それだけでは解ききれない壁があるという。
壁の正体は、企業ごとの文脈だ。こういう機能が欲しい、という言葉を整理するだけでは要件定義は成り立たない。その会社の業務プロセス、部門間の役割、固有の文化や慣習まで踏まえて、初めて使えるシステムの形が見えてくる。汎用AIは一般的な知識から答えるのは得意でも、その企業にとって何が重要な判断基準かを最初から知っているわけではない。Acsimのような業務特化型は、顧客のヒアリング内容や既存資料、業務フロー、組織の知見・判断基準を構造化して活用し、その企業に固有のアウトプットを返す。ここが分かれ目になる。
では、人は何を担うのか。「あくまでAIは手段だ」と嶋田氏は言う。本当に使われるシステムとは何かを定義し、AIにどんなシステムを作らせるかを指示するのは人間だ。思想と設計、最終判断は手放さない。コードを書いてきたエンジニアの仕事も、消えはしないとみる。手を動かす作業をAIに預けるぶん、何を作るべきかを考える時間が増え、結果的に品質も上がるのではないか――ただし、これはあくまで推測だと嶋田氏は付け加える。「AIが人間の仕事になり代わるというより、人とAIが協調して一つのシステムを作っていく」。
効果が出やすいのは、大企業だという。長年使われ、もはや中身の分からないシステムが眠っているからだ。作った人は退職し、設計ドキュメントは散逸、最悪どこにも残っていない。誰も全容をつかめないレガシーは、一社の事情というより、IT投資を重ねてきた大企業に共通する負債でもある。Acsimには既存システムから構造を読み出すリバースエンジニアリングの使い方があり、読み出した設計をもとに新たな業務フローを描き直せる。レガシーを抱える現場ほど、刺さりやすい。

「AI駆動開発時代における上流工程の再定義」――サミットで問いかけるもの
6月11日のAI要件定義サミットで、CTCが掲げるテーマは「AI駆動開発時代における上流工程の再定義」である。生成AIとAIエージェントの登場で、コードを書き、テストをするという、作ること自体のハードルは大きく下がった。開発の効率化に対する期待も高い。だが現場からは、AIを導入すれば開発がうまくいくほど単純ではない、という声も聞こえてくる。
嶋田氏はこう続ける。「早く作れるようになったからこそ、何を作るべきか、何で作るのか、どう現場で使い続けるのかが重要」。作る速さが上がったぶん、上流工程の重みは増す。ローコードを通じて顧客の開発現場を見てきたCTCが、AI駆動開発の文脈で何を支援できるか――登壇ではそこを語るという。
ここでも、製品の紹介が目的ではないと嶋田氏は念を押す。AcsimもDevinも一例にすぎず、CTCの役割は導入して終わりではなく、使い続けて成果が出るまで顧客に伴走することにある。聴衆に持ち帰ってほしいのは、答えではなく問いだ。
作る速さの先で、人とAIが何をどう作るのか――その問いに、いまの時点で答えを持つ者はいない。だからこそ嶋田氏は、答えではなく考える入口を手渡そうとしている。CTCはその答えを、顧客とともに探し続ける。