「人が輝き、ロボット・AIとともに働く」――JR東海×NRIが挑むリニア設備管理の「To Be」構想
東海旅客鉄道株式会社 / 株式会社野村総合研究所

東海旅客鉄道株式会社 中央新幹線推進本部 リニア開発本部 担当課長 富永 誉也 氏 株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 業務・IT戦略コンサルティング部 部長 高橋 寛和 氏
リニア中央新幹線の開業を見据え、JR東海が次世代の設備管理構想を進めている。土木、電気、機械――系統ごとに別々に動いてきた設備管理を、横断的に束ねていく構想だ。人口減少で働き手が細っていく未来を前に、AIやロボットを前提とした鉄道運営の姿をいまから組み立てる。構想段階から伴走する野村総合研究所(NRI)とともに、属人的な知恵や経験を組織の力に変えていく試みの現在地を、JR東海の富永 誉也氏と、NRIの高橋 寛和氏に聞いた。
系統を越え、次世代の設備管理を描く「To Be」構想
――それぞれのお立場と役割を教えてください。
JR東海 富永氏:JR東海の中央新幹線推進本部 リニア開発本部で担当課長を務めています。次世代の設備管理業務の構想を描き、要件定義を主導するのが役割です。当社では、土木、電気、機械といった系統ごとに、それぞれが受け持つ設備を管理してきました。現在は、この系統を横断して業務や組織を束ね、効率化と省人化を実現する「To Be」モデルの構想を進めています。背景にあるのは、労働人口の減少です。AIやロボティクスを組み合わせながら、「人が輝き、ロボット・AIとともに働く、リニアが拓く次世代の持続可能な鉄道運営のかたち」を作り上げていく――それがミッションです。
NRI 高橋氏:野村総合研究所の高橋です。系統をまたぐ業務統合から、AI・デジタル技術の実装まで、業務改革・DXの伴走役としてご一緒させていただいています。私たちの切り口は、あくまで「業務」です。単にAIやシステムを導入するのではなく、系統横断での業務の統合・標準化を設計し、回し続けるために必要な組織や制度、意識変革、仕組みまで踏み込んで、一緒にデザインしています。
――構想や要件を考えていくなかで、最初に「これは難しい」と感じたのはどこですか。
JR東海 富永氏:長年積み上げてきた、系統ごとの専門性と独自ルールをどう束ねるか、という点です。鉄道運営は高度に専門化されており、系統ごとに最適化された「属人的な知恵や経験」が業務を支えてきました。これらを一つの共通領域として統合し、システム化やAI活用ができるかたちへ落とし込む――ここに非常に苦労しています。
このプロジェクトは2025年、系統ごとに分かれていた設備管理システムを一本化する構想から始まりました。ただ、検討を進めるなかで、「システム以前に、業務そのものから見直したほうがよい」という話になり、業務統合プロジェクトとして動き始めた経緯があります。
もちろん、すべてを統合するわけではありません。系統固有の専門性が必要な業務は残ります。一方で、判断基準が明確な目視検査等の簡易検査は共通化できる見込みがあります。たとえば現在は、土木、電気、機械の各系統の担当者が系統ごとに管理する設備の点検を行うために別々に沿線を巡回していますが、代表者が現場で対象設備の状態画像を送り、オフィスで良否を判断するかたちに組み替えれば、現場に出る人数はぐっと減らすことができます。

変化を前提にする「ソフトウェアドリブン」
――開業時期が定まらないなかでの意思決定には、独特の難しさがありそうですね。
JR東海 富永氏:不透明な開業時期を見据えながら舵取りしなければならない難しさは、常につきまとっています。リニア実験線のフィールドにおいて業務統合やシステム統合、系統をまたぐ業務が実際に回せるかを検証したいと考えています。オペレーションそのものも、この期間に試行錯誤を重ねていく想定です。
基本的な考え方は、「いま決めるべきこと」と「開業直前までに決めるべきこと」を戦略的に切り分けることです。AIやロボティクスの進化は非常に速く、現時点で全ての仕様を固めてしまうと、開業の頃には技術が陳腐化している可能性があります。そのため、進化の影響を受けやすい領域は直前まで仮置きにとどめ、業務ルールやガバナンスのような積み上げに時間のかかる土台部分は、いまから実験線で検証を重ねていきます。2050年頃には、検査の遠隔化が完結し、人とロボットのハイブリッド型で現場を運営するかたちになるだろう――そうした未来像から逆算して考えています。
NRI 高橋氏:今回求められている業務・システムは、一度作ったら終わりではありません。開業後も、AIエージェントやアプリケーションはアップデートし続け、それに合わせて業務も変化させる必要があります。そのため、変化を前提にした柔軟な構造を最初から設計しておく必要がある。私たちはこれを「ソフトウェアドリブン」と呼んでいます。
その骨格にあるのが、「ダイナミック・ケイパビリティ」という概念です。これは「感知」「捕捉」「変容」の3要素から成り立っています。新しい技術を常に感知し、自分たちの業務にどう取り込めるかを見極め、デジタルツインやサイバー空間でトライアルしたうえで実装する。この循環を回し続けられる状態を作ることが重要です。
従来は、まず組織や業務があり、そのうえでAIやシステムをどう当てはめるかという順番で考えていました。しかし今回はその逆です。こうした技術やAIがあるなら、最適な業務はどうあるべきか、その業務を支える組織や人の役割はどう変わるのか――そうした順序で設計します。営業線の「To Be」も、この発想をベースに組み立てたい、というのが両社共通の思想です。

暗黙知を、AIが扱える領域へ
――NRIとしては、このプロジェクトのどこをAIで支えられると考えていましたか。
NRI 高橋氏:業務のすべてをAIで置き換えるのではなく、置き換えられる領域から段階的に進めていく考えです。整理の軸は2つあります。「定型か、非定型か」、そして「コア業務として高い専門性が必要かどうか」です。
定型で専門性もそれほど高くない業務であれば、必ずしもAIではなくルールベースのSaaSなどがより効果を発揮することもありえます。たとえば、検査業務のなかでも基準値を超えたら異常、下回れば正常、といった機械的に判断できる業務は、その典型です。一方、非定型業務はルールベースでは扱いづらく、AIの力が必要になります。さらにそのなかでも、コアで専門性が高い領域――たとえば、屋外設備を天候や湿度、経年劣化、振動など複数の要素で判断するような、人が五感や経験で見立ててきた業務の置き換えには、AIが適用できる余地があると考えています。だからこそ今回のプロジェクトでは、そうした領域にAIをどう適用するかが重要になります。ただし、最終的な判断と責任は人が持つ。この前提は変わりません。
鉄道分野で、こうした非定型業務まで含めてAI活用を進めるのは、新しいチャレンジです。その際、本当のボトルネックになるのは、現場に蓄積された暗黙知をどう可視化するかだと思っています。
JR東海 富永氏:現場の検査業務には、社員の暗黙知や経験値にゆだねてきた作業があります。現在はNRIさんと一緒に、判断の難易度を軸にマトリクス化して定義し直し、AIやロボットに置き換えられる領域を切り分けています。非常に地道な作業ですが、ここを丁寧に整理しないと、後工程のシステム化やAI活用につながっていきません。
人とAIが共創する、リニアの未来
――JR東海とNRIは、発注者と支援者という枠を越えて、一緒に構想を作り上げているようにみえます。
JR東海 富永氏:単なる業務統合に関わるシステムの「発注者と受注者」という関係を超えて、構想や戦略段階から同じ目線で伴走いただいています。JR東海の強みは、長年の鉄道運営で培ってきたドメイン知識やオペレーショナル・エクセレンスです。一方、NRIさんには、複雑な業務を構造化し、定量化する力がある。膨大な業務の共通項を整理し、作業難易度の定義や効果試算といった論理的なフレームワークに落とし込める。属人的な知恵を組織の力へ変えていくうえで、非常に重要な存在だと感じています。
NRI 高橋氏:このチームは、心理的安全性が非常に高いと感じています。富永さんのチーム自体、2年ほど前に、系統の異なるメンバーを横断的に集めて立ち上がった組織です。もともとは系統ごとに人材育成や業務が分かれていたなかで、この形を選ばれたのは大きな意思決定だったと思います。そして、このチームにおいては系統によるバラつきをまったく感じません。系統横断の新しい取り組みは、こうした土壌のある組織でなければ推進が難しい側面があると思っています。

――AI要件定義サミット2026で、来場者にどのようなことを持ち帰ってほしいですか。
JR東海 富永氏:お伝えしたいのは、超長期プロジェクトにおけるAIとの向き合い方です。リニアのようなプロジェクトでは、決めなくてはならないことが非常に多い一方で、技術進化のスピードも速い。だからこそ、「今決めるべきこと」と「柔軟性を残すべきこと」をどう切り分けるかが重要になります。その考え方をお伝えできればと思っています。
NRI 高橋氏:テーマになるのは、ソフトウェアドリブンをどう実装まで落とし込むか、です。現在はドローン活用などの話が中心ですが、その先にはフィジカルAIの世界が広がっています。たとえば、ボルトが1本緩んだとき、いまは人が駆けつけますが、AIが異常を判断しロボットが現場で補修するといった世界、またはセンサーなどで異常を早期に発見し、必要な手当てをロボットが遠隔でおこなって、そもそも不具合を起こさせないといった世界です。そのなかで、人の働き方や組織のかたちをどうデザインするか。技術進化を前提に、業務や組織のあり方を逆算して考える――そこにソフトウェアドリブンの本質があります。
リニア全体の運営においても、系統という単位自体は今後も残るでしょう。ただ、それらを横断し、現場と系統、管理部門をつないでいく“オーケストレーション”の機能は、必ず必要になる。現在は、富永さんのチームがその役割を少しずつ担い始めており、将来的にはリニア全体を統括する存在に発展していくのではないかと考えています。
JR東海 富永氏:リニア設備管理を系統横断で再設計する取り組みとしては、業界内でもかなり先進的な事例になると思います。少人数でも現場を回せる仕組みが実現できれば、ほかの鉄道会社にも広がっていくはずです。
人間がイメージできないもの、想像できないものは、絶対に実現できない。だからこそ、未来のよいイメージを持ち続け、その姿に向かって一歩ずつ進んでいければと思っています。
