2026.06.11 THU13:00 - 18:00
AI要件定義サミット 2026
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AIのモデルだけでは届かない――Polaris.AIが挑むミッションクリティカル領域のAI要件定義

Polaris.AI株式会社

AIのモデルだけでは届かない――Polaris.AIが挑むミッションクリティカル領域のAI要件定義

Polaris.AI株式会社 代表取締役CEO 徳永 優也 氏

生成AIは、試すだけならすぐに始められる。だが、自動車、インフラ、官公庁のようなミッションクリティカル領域※では、単にモデルを選ぶだけでは実装できない。設計図を外部へ出せるのか。オンプレミス環境で動かせるのか。社内のルールや品質要件まで含めて、AIにどう扱わせるのか――現場には複雑な制約が存在する。

Polaris.AIは、こうした制約の厳しい現場でAI実装を支援してきた。東京大学工学部を卒業後、大学院工学系研究科でAIロボットを研究し、松尾研究室ではAI講義の作成にも携わった徳永 優也CEOに、ミッションクリティカル領域における要件定義から実装までのAI活用を聞いた。

※障害や停止が事業継続や社会インフラに重大な影響を与える領域

AIプロジェクトをPoCで終わらせないために、何が必要か

徳永氏がAIに強く関心を持つようになったのは、2016年頃、将棋AIがプロ棋士に勝ち始めたことがきっかけだった。AIベンチャーでの開発、IPAの未踏関連プロジェクト、松尾研究室での講義作成支援などを経験するなかで、同氏はAIプロジェクト特有の壁を目の当たりにする。研究者が集まればモデルの精度は上がる。しかし、それだけでは現場で使われるシステムにはならない。PoCやデモの段階で止まってしまう案件が少なくなかったという。

「まず正しい課題を特定し、それをAIが解けるタスクへ分解する必要がある。さらに、セキュリティを担保したシステムに組み込まなければ、なかなか社会実装までたどりつかない」。徳永氏はそう話す。課題を切り出し、AIが扱える単位へ落とし込み、UI/UXやシステム要件までつなげる。Polaris.AIは、その部分を担う会社として立ち上がった。

同社の中心事業はAI受託開発である。ただし、提供形態を単なる開発だけにとどめていない。顧客として多いのは、自動車メーカーや自動車部品メーカー、電力会社、プラントメーカー、官公庁など、日本の基幹産業に近い領域だという。

一般的なSIerとの違いについて尋ねると、徳永氏は「分野を超えた密な連携」を挙げた。この種の複雑な課題は、一つの専門性だけでは解けない。課題の見極め、タスク設計、モデルの学習・評価、システム実装、現場運用――それぞれの局面でトップクラスの専門家が、互いの領域に踏み込みながら密に連携して初めて解ける。

だからこそPolaris.AIは、機械学習エンジニアやリサーチャー、数理最適化やセキュリティの研究者、大規模システム開発を担ってきたSIer出身者、ハードウェアやコンサルティングの経験を持つメンバーまでを、一つのチームとして組成している。扱う案件が、電気回路設計、製造現場のロボット、オンプレミス環境、基幹システム連携と多岐にわたるのも、そうしたチームだからこそだ。

こうした連携を支えるのは、組織のあり方そのものだという。「尖った才能を正しく評価し、多様な専門家が互いにリスペクトしながら長く活躍できる組織でなければ、この連携は続かない」。徳永氏は、独自の人事制度とカルチャーづくりにこだわる理由をそう語る。

Polaris.AIに持ち込まれるのは、「AIを導入したい」という単純な相談ではない。業務の要件と技術上の制約が複雑にぶつかり合う、難易度の高いテーマが中心だ。

Polaris.AIの事業と組織について語る徳永氏

暗黙知を、AIが扱える知識に変える――文科省実証事業での挑戦

その姿勢が表れた最近の一例が、文部科学省の実証事業に採択された、特別支援教育向けの生成AIプロジェクトだ。特別支援教育では、児童生徒一人ひとりの状態に応じて「個別の指導計画」を作る。しかし、学習指導要領や障害・発達段階への理解、過去の計画との連続性など踏まえるべき要素は多く、そこには経験を積んだ教員が現場で培ってきた暗黙知が深く入り込む。難易度が高く属人性も強いため、ベテランの知見をどう若手へ引き継ぐかという、業界全体の課題とも重なるテーマだった。

汎用の基盤モデルにそのまま解かせても、この種の計画は作れない。まず学校へ足を運び、教員が「何を見て、どう考え、どう判断しているのか」を丁寧にヒアリングし、その暗黙知をAIが扱える形へと変換していった。狙いは、文書化されにくいベテランの知見を、誰もが参照できる形に変えることにある。

設計思想は明快だ。教員が生徒の情報を入力すると、AIが指導計画のたたき台を生成し、そこから教員が対話形式で練り上げていく。AIが教員の判断を置き換えるのではなく、初期の負荷を下げ、ベテランとの熟議に近い感覚で計画を深めていく役割を担う。

生成物は教員が普段使うExcelの形式で出力し、既存業務と地続きにした点も、現場に受け入れられるうえで効果的だった。静岡県のモデル校で約1年にわたり実証を重ねた結果、現場の評価は高い。

経験の浅い教員からは、「一から作るより格段に楽になり、初めて出会うタイプの子どもでも素案が頼りになる」という声が上がった。またベテランからも、「自分の知らない観点を提案してくれる」「AIの出力を囲んで教員どうしが議論する場面が増えた」といった前向きな反応が寄せられている。

文科省実証事業での挑戦について語る徳永氏

汎用AIでは届かないラストワンマイル

生成AIの性能向上によって、一般的な業務は汎用ツールで十分対応できる場面が増えている。徳永氏も、Claude Codeのようなツールを例に挙げ、「一般的な業務であれば、これでいいというケースは確実に増えている」とみる。

実際Polaris.AIは、汎用AIやSaaSで足りるなら、それを使えばいいと考えている。自社が価値を出せる余地のない案件は、あえて受託しない。それでも企業の相談に耳を傾けていくと、汎用ツールだけでは手が届かず、個別のカスタマイズが欠かせない難度の高いテーマが依然として多いのだという。

データを外に出せずAPIを叩けない。業務ドメインが深すぎて汎用AIでは精度が出ない。さらには、汎用AIが苦手とする数理最適化や数値処理が絡む――。設計図や機密データを扱う大企業の現場には、こうした制約がいくつも残る。「AIの専門知識、ドメイン知識、ハードウェアの知識によって埋められる"ラストワンマイル"がある」と徳永氏は表現する。

たとえば、日本郵船向けの船舶管理RAGアプリケーションの開発支援がそうだ。RAGは、膨大な社内文書から関連箇所を検索し、その内容を踏まえてAIが回答するアーキテクチャである。一見単純で、モデルの性能向上を待つ以外に精度を上げる余地は少ないようにも思える。ところが、きちんと課題を切り分けていくと、性能を引き上げる余地はかなり大きい。入力データの整え方が悪いのか、検索が悪いのか、AIへの渡し方が悪いのか、あるいは画面の使い勝手が悪いのか――。精度を左右する要因はいくつもの層に分かれて存在しており、どこがボトルネックかを突き止めて一つずつ潰していく。

実際、扱う文書が1隻あたり数万ページに及ぶこの案件で、Polaris.AIは回答精度を大幅に上げることに成功した。さらに、目的や利用シーンを踏まえて、検索体験そのものを設計し直している。

こうした作業が一筋縄でいかないのは、AIプロジェクトの個別性が極めて高いからだ。同じ手法やアルゴリズムを使っていても、目的、データ、インフラ、求められる精度、必要なドメイン知識が違えば、進め方はまるで変わる。同じ画像認識でも、医療でがんの悪性度を判定するのと、Eコマースで商品を分類するのとでは、要求される精度も処理速度も異なる。だからこそ、汎用ツールをそのまま当てはめるのではない。現場ごとに課題を切り分け、最適なアプローチを組み上げていく力が問われる。

汎用AIでは届かないラストワンマイルについて語る徳永氏

AIプロジェクトの要件定義はどうあるべきか

徳永氏が6月11日の「AI要件定義サミット2026」で投げかけようとしているのは、この問いだ。AIプロジェクトの要件定義を、どう進めるべきか――。意外にも、この肌感覚を持っている人は少ない。

「AI開発の要件定義には、まだ確立された方法論がありません」と徳永氏は言う。従来のシステム開発のやり方をそのまま当てはめると、あちこちで判断がずれてしまう。一般的なシステム開発は、画面設計や機能仕様を確定させてから発注し、要件通りに完成すれば成功とみなせる。だがAI開発はそうはいかない。精度はデータ次第で変動し、契約時点で完成形を定義しきれないからだ。PoCの結果を見て、続行か、方向転換か、中止かを判断し続けることになる。試行錯誤と継続的な改善を前提に進むプロジェクトなのだ。

しかも、AIプロジェクトは一件ごとの個別性が極めて高い。同じ手法を使っていても、目的やデータ、扱う環境が違えば進め方はまるで変わる。データが最初から綺麗に揃っていることはほとんどない。「データ化されていない」「データがあっても表記がばらばらで使えない」「アノテーションがされていない」といった現実から始まることが多い。足りない前提で仮説を立て、問いを単純化したり、ベースラインを先に作ったりしながら、開発を前に進めていく力が問われる。

わかりやすい例が、評価指標の設計だという。たとえば「精度90%」という数字も、それが何を意味するかを発注側が押さえていなければ評価のしようがない。1000件のうち100件の異常を見つけたい場面で、すべてを「異常なし」と答えても正解率は90%になる。技術がブラックボックス化しやすいAIでは、こうした「数字マジック」を見抜けるかどうかが、プロジェクトの成否を分ける。要件定義の各所に、システム開発とは異なるこうした論点が潜んでいる。

だからこそ、発注する側にも「目利き」が要る。そもそもSaaSやノーコードで足りないか、本当にAIで解くべき課題か、精度要件をどこに置くか、そしてその技術と姿勢を持つパートナーをどう選ぶか――。徳永氏は、受託AI開発の実務を通じて見えてきたこうした検討論点を、AI要件定義で失敗しないために押さえるべきポイントや、プロジェクトの性質に合わせたベンダーの選び方も含めて、具体的な事例とともに語る予定だ。

「難しい要件定義を、現場の生々しい話とともにお伝えできればと思います」。AI投資を成果につなげたい企業にとって、聞き逃せないセッションになりそうだ。