「ベテランの暗黙知が消える前に」――セイコーソリューションズ、開発現場の声から生まれた3階層AIナレッジ基盤で技術継承に挑む
株式会社セイコーソリューションズ

株式会社セイコーソリューションズ 戦略ビジネス第三本部 AI事業開発部 部長 山手 昌則 氏
IT業界で40年のキャリアを持ち、製造業を中心に数多くのシステム開発を手がけてきた山手 昌則氏。同氏が率いるセイコーソリューションズのAI事業開発部が2025年4月に送り出した「Seiko Futureworks」は、企業固有のナレッジを構造化し、複数のAIエージェントが「円卓」形式でドキュメントをレビューする生成AIプラットフォームである。ベテランの引退とバックログの増大に苦しむ開発現場に、このツールは何をもたらすのか――山手氏が描くシステム開発の未来像を聞いた。
「セイコーさん、AIなんか提案できないの?」――現場の声が生んだナレッジ基盤
セイコーソリューションズは、時計のセイコーのグループ会社である。グループのシステム事業は、半世紀以上前に時計の生産管理システムを手がけたことに端を発する。そこで培った技術を起点に周辺機器の自社開発なども手がけ、現在ではコンサルテーションからシステム構築、カスタマイズ、運用までを一貫して提供するソリューションカンパニーへと進化している。
山手氏自身は、製造業の顧客を中心にSIの経験を長く積んできた。セイコーソリューションズに入社後はIoT絡みのAIから始まり、現在は生成AIに軸足を移してビジネスを展開している。
Seiko Futureworks誕生のきっかけは、顧客の声だった。同社が担当する顧客から「セイコーさん、AIなんか提案できないの?」という要望が相次いだのである。
セイコーらしいAIソリューションを検討するなかで同社が着目したのはSIerの現場で長年蓄積されてきた課題だった。「システム開発のバックログはますます増大していく。一方でリソースは全然増えない。ベテランがどんどん引退していって、ナレッジが失われている」。開発需要と人材供給のギャップは広がる一方だ。この状況に対してナレッジを効率よく活用することができれば、プロジェクトの生産性と品質の向上に繋がると考えた。
そこで、セイコーソリューションズが構想したのが 「ナレッジを抽出して構造化し、活用する」一貫したプラットフォームだった。顧客に構想を伝えたところ「確かにそれは価値がある」という反応が返ってきた。手応えを得た同社は2025年4月、Seiko Futureworksとしてパッケージ化に踏み切り、第1弾として「円卓」機能を、さらに同年11月に第2弾としてナレッジの抽出機能の「AIインタビュアー」をリリースした。
複数視点のナレッジ、1つの「円卓」――AIエージェントが再現するレビューの場
Seiko Futureworksの中核機能は「AIレビュー」である。同社はこれを「円卓」と呼ぶ。システム開発の現場では、要件定義書や設計書のレビューにあたって関係者がコの字型に座り議論する光景はおなじみだろう。例えばPM、ネットワーク、セキュリティ――それぞれの専門家が1つのドキュメントに対して多角的にコメントし、その内容をさらに揉む。円卓はその場をAI上に再現した仕組みである。
この円卓を支えるのが、ナレッジの3階層構造だ。第1層はIPAが公開するシステム開発の標準情報などをベースにした一般的な知識。第2層は自社固有のルールである。「一般的にはレスポンスを6秒以内にしなさいとなっているのに対して、うちは4秒以内でやっている、というようなレベルの話です」と山手氏は例を挙げる。
そして第3層が属人的な暗黙知だ。「設計上は4秒でも、実際にはパフォーマンスが出ないから3秒でインプリしないとダメだぞという、マニュアルに載っていない知識」。この3層を格納するボックスをエージェントごとに持ち、データを登録していく構造になっている。
一人ひとりのAIエージェントにそれぞれの専門性を持たせる事ができる。PMならAのスキル、セキュリティならBのスキル、というように専門スキルをセットし、1つの質問に対して複数のエージェントが同時にコメントする。場合によっては1人だけを呼び出して相談することもできる。
エージェントの育て方もユニークだ。同社はPMやネットワークエンジニアなど、職種ごとのプロンプトテンプレートをあらかじめ用意している。導入企業はこれをベースに、自社の業務に合わせて書き換えていく。山手氏に言わせれば「ある意味ミドルウェアのようなもの」で、ゼロから作るより効率的に人格を構築できる。

暗黙知を効率よく引き出し、整理する、AI インタビュアー
テンプレートだけでは足りない部分については、AIインタビュアー機能が補う。 AIは回答生成能力よりも、質問生成能力の方が長けており、その特性を活かしたのが逆質問機能、動的追問機能だ。逆質問機能は、不足している情報を補うために追加の質問を行い、情報の抜け漏れを防ぐ。一方動的追問機能は、複数の前提や観点を踏まえて質問を重ねることで、情報の具体性と精度を高める。
これらの機能により、一度きりではなく複数回のヒアリングを通じてナレッジを広くかつ深く引き出すことが可能になる。従来では難しかったベテランの暗黙知の抽出も、効率よく実施できる。
さらに本機能は、若手による要件定義書の作成支援にも有効だ。資料内の欠落や整合性の不備をAIが検知し、作成者に追加のヒアリングを行うことで、内容を補完・更新する。これにより、若手でも効率的に質の高いドキュメントを作成できるようになる。
「こちらの内容ではこの情報が欠落していますね、とAIの方からサジェスチョンを出して、人間が回答して埋めていく」。有識者は音声で答えるだけでよく、それをAIがチェック・構造化する。人間が一方的にデータを入れるのではなく、AIとの対話を通じてナレッジが形になっていく仕組みである。
導入の入り口は意外と低い。山手氏が勧めるのは「小さくてもいいから成功体験をまず作る」というアプローチだ。最初はPoCで機能を理解し、その後3ヶ月ほどかけて小さな本番環境を立ち上げる。入り口は、要件定義書の誤字脱字や表記の揺れといった単体チェックからで構わない。「あまり高いところから始めると、そのためのデータが足りない、ルールブックがそもそもない、という話になってしまう」。実際にルールに則ったレビューをやりたいという顧客で、ルールブック自体が存在しなかったケースもあったという。小さな成果を積み、手応えを得てから次の工程に広げていく。この段階的な設計が、導入の失敗リスクを下げている。

"添削係"からの解放、そして暗黙知の形式知化へ
Seiko FutureworksはもともとITのシステム開発向けに設計されたプロダクトである。実際の利用シーンでは、単体の資料チェックにとどまらず、資料間の整合性検証に威力を発揮している。
たとえば、顧客が要件定義書を作成し、ベンダーが外部設計書を納品してくる。本来は両者の内容に齟齬があってはならないが、実際にはベンダー側が十分なチェックをせずに納品してくるケースが少なくない。顧客が10人月の想定で出した仕様に対し、ベンダーが14〜15人月の見積もりで返してくることもある。
ある管理職は、複数の納品資料の整合性チェックに朝から晩まで追われ、表記の揺れのような初歩的なズレまで自分で拾わなければならない現実に「私は添削係か」と悲鳴を上げていたという。こうした作業をAIが引き受けることで、人間はより本質的な判断に集中できるようになる。
だがSeiko Futureworksの導入が進む中で、想定を超えた広がりが生まれつつある。暗黙知を形式知に変えるという機能に気づいた顧客が、現場のノウハウをDXの一環として蓄積していく用途に関心を示し始めたのだ。
とりわけ反応が大きいのは製造業である。例えば、鉄を作る時にこの温度や湿度で、この風の加減ならば歩留まりが最も良い――そうした多軸にわたるノウハウは、従来のシステムでは引き出すことも活用できるようにすることも極めて難しかった。「かつては何万人もいた製造現場の人員がどんどん減り、そういう天才が生まれなくなる。ノウハウが途絶えれば歩留まりが悪化し、数千万円単位のロスにつながる」(山手氏)。
60歳を過ぎたベテラン技術者からの声もある。「定年まであと何年、という方がいらっしゃる。その方からすると、自分が何十年もかけて培ってきたものをこの会社に残していきたいと。この仕組みだったら残せる、と言っていただけた」。ドキュメントとしては残っていても、その裏にある判断の勘所やノウハウまでは引き継げない。音声で語ったものをAIがチェックし蓄積していく仕組みは、従来の文書化とは異なるアプローチで技術継承の壁を崩しにかかる。

「生産性高く、品質高く仕事ができるようになる」――AI要件定義サミットで届けるメッセージ
6月にはSeiko Futureworksにも大きなアップデートが控えている。複数のAIエージェントがそれぞれ出した専門的なコメントを集約し、1つの整理された回答にまとめる意見集約機能のリリースだ。
AI利用時の操作ログや回答内容を常時監視し、不正な利用を検知して管理者に報告するセキュリティ機能「インテグリティガーディアンズ」も発表する。外部監査法人への説明責任が求められる場面で、監査負荷を大幅に軽減できると山手氏は見込む。
6月11日のAI要件定義サミットで、山手氏が聴衆に届けたいのは自社プロダクトの宣伝ではない。「今でも現場の技術者はバックログが多い中で苦しんでいる。こういうふうに着手すれば、生産性高く品質高く仕事ができるようになる。そのヒントを持ち帰っていただければ」。現場が明日から一歩を踏み出せるきっかけを届けたい――山手氏の目線は、終始そこにある。「一緒にやってみようというお客様がいらっしゃれば、ぜひお声がけいただきたい」