政府調達の「負のループ」、AIは断ち切れるか――内閣府参事官が示す構造転換のシナリオ
内閣府 規制改革推進室/大平 利幸 氏

AIでシステム改修を大幅に短縮した例や、政府調達案件の提案骨子を短期間でまとめた検証が、民間から報告され始めている。だが政府の情報システム調達は、長く既存ベンダーへの依存から抜け出せずにいた。6月11日に開催された「AI要件定義サミット2026」において、内閣府規制改革推進室の大平 利幸氏が「政府情報システム調達におけるAI駆動開発の導入促進に向けた取組」と題して登壇した。2003年に入省し、入省直後のエンタープライズアーキテクチャ(EA)導入を含め、10年以上にわたりこの分野に携わってきた人物である。大平氏が示したのは、職員のIT専門知識の不足を「所与」と認めたうえで、調達を縛る「負のループ」そのものをAIで断ち切るという発想だった。
講演タイトル・登壇者プロフィール
- 講演タイトル
- 政府情報システム調達におけるAI駆動開発の導入促進に向けた取組〜構造的課題の解決に向けた議論の方向性と期待〜
- 登壇者
- 大平 利幸 氏
- 所属
- 内閣府 規制改革推進室 参事官(デジタル・AI担当)
毎年ほぼ同じ要望が、なぜ繰り返されるのか
講演は、規制改革推進会議とは何かという説明から始まった。大平氏は同会議の事務局を担う規制改革推進室の参事官であり、政府の情報システム調達の改革に長く携わってきた当事者でもある。
規制改革推進会議と聞いて、岩盤規制の撤廃を思い浮かべる人は多い。だが古い規制を壊すだけが仕事ではない、と大平氏は言う。法令だけでなく、システムの仕様や画面のレイアウト、現場の運用慣行といった「昔からこうやってきた」という先入観も、新しい取り組みを阻む広義の規制だととらえている。必要なルールを作ることも、同会議の役割だという。なかでもいま最も力を入れている分野の一つが、AIの社会実装の促進である。
政府情報システム調達へのAI駆動開発の導入も、その流れのなかにある。4月に開かれた規制改革推進会議のデジタル・AIワーキンググループで議論された内容が、今回の講演の土台になっている。
きっかけは、日本IT団体連盟から毎年寄せられる政策要望だった。工程別の入札参加制限の整理、入札公告期間の確保、技術的対話に参加する事業者へのインセンティブ、付加価値を評価する基準や契約形態、地方IT企業が大規模システムに参画できる仕組み――挙がってくる項目は、例年ほとんど変わらない。だが、同じ要望が繰り返されても、構造は動かないままだった。「気持ちはよく分かる」と大平氏は受け止めている。
それはなぜか。公正取引委員会の調査では、情報システムの保守・改修・更改などで既存ベンダーと再契約した理由として、「既存ベンダーしか既存システムの機能の詳細を把握できなかった」が48.3%を占めた。大平氏は、この数字を単なる調達手続きの話とはみていない。参入したくても情報がないという「情報の非対称性が生む構造的な問題だ」ととらえ、5つの要望には共通する「根っこ」があると指摘する。

20年の改革は、なぜ実を結ばなかったのか
政府がこの問題を放置してきたわけではない。大平氏は、約20年に及ぶ調達改革の歩みを振り返った。
起点は2003年の最適化計画とEAの導入である。ITに詳しい民間の専門家をCIO補佐官として迎え、設計ドキュメントを大量に作成・公開して、新規参入を促そうとした。大平氏自身、入省1年目にこの担当を務めている。「当時としては画期的な取り組みだと自負していた」。だが現実は理想どおりには進まなかった。開発が進めばシステムは変わるのに、膨大なドキュメントを更新し続けることはできない。担当者が代われば、誰が何をしたのかも分からなくなる。実態とかけ離れた設計図だけが積み上がった。
その後の改革も、同じ轍をたどる。2007年からの分離調達は、機能を分けて発注規模を小さくし、独占構造を崩そうとした。だが機能の境界で受注者同士の責任の押し付け合いが起き、発注者側はそれをさばけなかった。2014年の標準ガイドライン、2017年のアジャイル開発、2020年のデジタル庁創設と専門人材の採用――いずれも方向そのものは誤っていなかった。それでも、内閣府はまだ解決に至っていないとみている。
なぜ20年も解けなかったのか。大平氏が示した理由が「負のループ」である。職員にIT専門知識が足りない。だから要件定義が曖昧になり、既存ベンダーに頼る。ノウハウはベンダー側にたまってブラックボックス化し、ロックインが起きる。競争が働かず、コストは高止まりし、職員の知識も育たない――そしてまた振り出しに戻る。発注者と受注者、双方にとって脱出できない“最恐”の仕組みだと大平氏は言う。この図には自分自身も含まれている、とも語った。これまでの改革は、その輪の外側から個別に手を打つ対症療法にとどまり、どこを直しても元に戻ってしまった。

発想を変える――専門知識の不足を「所与」とする
ならば発想を変えるしかない、と大平氏は言う。職員の専門知識が足りないという前提を、埋めるべき欠陥ではなく「所与」のものとして受け入れる。そのうえで、ループそのものを断ち切れないか――。
その答えとして挙げたのが、AI駆動開発である。「これはゲームチェンジャーだと思っている」。人が何週間もかけて作っていた要件定義や提案書を、AIなら短時間でたたき台にできる。エンジニアだけの道具ではない、というのが大平氏の見方だ。専門知識の不足を所与としたまま、AIがその穴を埋める。単なる効率化ではなく、構造そのものの転換だと位置づける。
大平氏は、負のループと同じ円環の図を、好循環の側から描き直してみせた。調達・要件定義から運用・保守まで、開発の各フェーズが輪としてつながる。その中心に置いた条件は2つである。一つは、AIが利用しやすい形式で情報を共有できること。もう一つは、発注者がITの専門家のように振る舞えること。この2つが満たされれば、IT団体連盟の5つの要望も連動して解けていく、というのが大平氏の見立てだ。
かつてEAや分離調達、アジャイル開発が目指した理想は、当時のやり方ではコストが追いつかなかった。その理想が、AIによって初めて現実になるかもしれない。

AIで武装する――大平氏が示した4つの取り組み
実証はすでに始まっている。規制改革推進会議のワーキンググループでは、民間企業による検証結果が報告された。富士通からは、システム改修にかかる作業が3人月から4時間に短縮されたという。あるスタートアップは、デジタル庁の実際の調達案件を題材に、AIを使って一定水準の提案骨子を約4人日でまとめた。とはいえ、人手による補完は残る。別の実験では、調達仕様書のPDFに含まれるガントチャートをAIが読み取れず、3か月の工期を3年と取り違えた例もあった。まだ人の目による確認が要る場面は残る。
こうした検証を制度に落とし込むため、大平氏は4つの取り組みを挙げた。
1つ目は、ルールの明確化である。標準ガイドライン群にはAI活用の記載がほぼなく、府省庁も事業者も「使っていいのか」が分からず動けずにいた。「ルールがないと、慎重な人は動かず、無頓着な人は暴走する」と大平氏は言う。AI駆動開発を標準的な開発手法として明示し、「使っていいか分からない」を「使うのが当たり前」へと変える。
2つ目は、調達支援AIエージェントの整備だ。IT専門知識のない職員が、AIと対話しながら業務整理から要件定義、仕様書づくり、見積り評価までを進める。かつてのCIO補佐官は省庁に多くて5人ほどしかいなかったが、AIなら職員一人ひとりに補佐役がつく。デジタル庁ではすでに、庁内のAI環境で各省庁の調達仕様書を自動チェックし、人手では拾いきれない数十項目を洗い出しているという。大平氏は、まずデジタル庁で開発・実証し、その成果を全府省へ展開する構想を示した。

3つ目は、AI-Ready環境の構築。紙やPDF、Word、ExcelをMarkdown形式やJSONへ、図はMermaid形式へと、AIが読める形式にそろえる。既存ベンダー側に蓄積されがちな、会議内容やメールを含む背景情報をAIが利用できる形で共有すれば、新規参入の壁は下がるという。
4つ目が、スキルシフトである。IT専門人材を育てる従来路線は、2年で異動する人事の前に実を結ばなかった。深いIT知識ではなく、AIをどう使い、その生成物をどう評価するかを学ぶ。引き継ぎさえできれば、属人的な経験は組織の力として残っていく。
民間にとっての意味――そして、次に問われること
この変化を、大平氏は民間企業にとってのチャンスだと位置づける。AIで提案書を作り、AIで開発することが前提になれば、情報の非対称性は薄れていく。AIを使いこなす力さえあれば、企業の規模に関係なく政府調達に参入できる余地が生まれる。既存ベンダーにとっても、AIを取り込めば競争力を高められる、と呼びかけた。
「今はまだ、早く動いた人が勝つフェーズだ」。失敗を恐れず、まず動く。大平氏はムーブファーストの姿勢を繰り返し促した。果敢に挑む企業とともにあるのが規制改革推進会議だ、と講演を締めくくった。
ただし、ここで語られたのはあくまで「議論の方向性と期待」である。標準ガイドラインの改定も、調達支援AIエージェントの全府省展開も、実装はこれからだ。大平氏自身、一度に全部はできないとして、デジタル庁に段階的なロードマップの策定を求めている。本格導入に向けては、知的財産権の扱いやAIによる分析の許可、プロンプトインジェクションといった課題も残る。当面の焦点の一つは、デジタル庁が具体的なロードマップをどの程度の速度で示せるかである。
