2026.06.11 THU13:00 - 18:00
AI要件定義サミット 2026
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基調講演

会社を「固体」から「流体」へ――DeNAが挑む、AIネイティブな組織変革

株式会社ディー・エヌ・エー南場 智子

会社を「固体」から「流体」へ――DeNAが挑む、AIネイティブな組織変革

DeNAでは、AIがホワイトカラー業務の生産性を大きく変えつつある。だが本当の難所は、ツールを導入することではなく、業務のやり方そのものを組み替えることにある――。6月11日に開催された「AI要件定義サミット2026」の基調講演において、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)の南場 智子氏が「DeNAの目指すDelight創造エコシステム」と題して登壇した。創業以来、ECからゲーム、スポーツ、ヘルスケア、AIへと領域を広げてきた経営者である。AIオールインを掲げる同社が実際にどう動いてきたのか、南場氏が語ったのは、AIを前提に会社の構造ごと作り替えるという経営の覚悟だった。

講演タイトル・登壇者プロフィール

講演タイトル
DeNAの目指すDelight創造エコシステム
登壇者
南場 智子
所属
株式会社ディー・エヌ・エー 代表取締役社長兼CEO/デライトベンチャーズ マネージングパートナー

「脈絡のない会社」を貫く一本の軸

DeNAという会社を一言で説明するのは難しい。横浜DeNAベイスターズなどのスポーツ、ポケポケなどのゲーム、PocochaやIRIAMといったライブコミュニティ、さらにヘルスケアやメディカル。タクシーアプリのGOは、AI要件定義サミット直後の6月16日に上場した。一見すると、共通点の見えない事業の集合体である。

南場氏自身、その散らばりを否定しない。本業はスポーツか、ゲームか――そう問われ続けてきたという。だが同社のアイデンティティは事業領域の側にはない。自分たちで、あるいはスタートアップとともに新しい事業を0→1で生み出し、世の中にDelightを届ける。その担い手である人材こそが軸という立場だ。

「次から次へと新しいことへ挑戦していくこと自体が、我々の本業」。だから事業ドメインは絞らない。資本市場からコングロマリットディスカウント※と評されても、その方針は変えてこなかった。

※コングロマリットディスカウント:多角化する複合企業の時価総額が、傘下にある各事業の企業価値を単純に合計した金額よりも低くなってしまう現象

代わりに同社がこだわるのが、生み出す喜び――「Delight」の大きさである。ユーザーや社会の顔がパッと明るくなるか、「ここまでやってくれるのか」と思ってもらえるか。そのマグニチュードを事業選択の基準に置く。事業が広く散らばるのは、領域ではなくDelightの総量で会社を測ってきた結果だといえる。

この「領域を固定せず、生み出す力そのものを資産とみなす」思想は、後段のAI時代の事業観と組織論にも一貫して流れる。AIが事業の作り方を変えるいま、何を会社の核に据えるか。南場氏の答えは、ここにすでにあった。

ゲーム、スポーツ、ライブコミュニティから社会課題解決まで広がるDeNAの事業ポートフォリオ。領域を絞らず“Delight”の大きさで束ねる(DeNAの講演資料より)(1)ゲーム、スポーツ、ライブコミュニティから社会課題解決まで広がるDeNAの事業ポートフォリオ。領域を絞らず“Delight”の大きさで束ねる(DeNAの講演資料より)(2)
ゲーム、スポーツ、ライブコミュニティから社会課題解決まで広がるDeNAの事業ポートフォリオ。領域を絞らず“Delight”の大きさで束ねる(DeNAの講演資料より)

AIオールインの現在地――生産性は上がった、ただし1年かけて

DeNAがAIオールインを宣言したのは2025年2月のことだ。その実装は、生産性の向上、既存事業の競争力強化、新規事業の創出・グロースという3つのフレームワークで進む。グループ約3,000人の事業をAIで効率化して半分の人員で維持・発展させ、生まれた人材を新規事業に振り分ける――。人の配置まで踏み込んだ構想だった。

効果は経営トップ自身の働き方にも及ぶ。南場氏のもとでは、AIエージェントが前夜のうちに翌日会う相手のメールや過去の議事録、Web上の経歴までを集めて要約し、カレンダーに整理しておく。かつてはデータを集めて参照先を指定する必要があったが、いまはエージェントが自ら情報を取りに行く。準備の時間が圧縮され、社員との対話や意思決定といった「最も大事なこと」に時間を回せるようになったという。

開発の現場では変化がさらに大きい。南場氏は、コードを書く生産性が10倍から100倍に上がっているとの見立てを示した。こうなると、やるとやらないの差は決定的だ。開発以外でも、法務のツール利用契約審査は9割、QAの開発テストは5割、ライブ配信のPocochaの配信審査は6割が削減された。

ただし南場氏は、次のように補足を加える。これらは既存の作業にAIを足したものではない。配信審査であれば、AIがリアルタイムでNG・グレー・問題なしに振り分け、グレーは次の階層のAIが審査し、判断がつかないものだけを人にエスカレーションする。ワークフローそのものを書き換えた結果だという。

つまり、やり方そのものをAIネイティブに変えていく。多くの経営者は「AIで、いまの作業が楽になる」と捉えがちだが、ワークフローを全部組み替えるのは簡単ではない。この再設計と成果の実現には、約1年を要したという。AI導入の難所は、ツールの性能ではなく業務設計の側にある

草の根の工夫を共有する仕組みも整えた。現場が見つけた小さな活用法を「ドヤ顔」で発表できる機会を設け、2025年7月から「100本ノック」として社外にも公開した。効率化を、トップダウンの号令だけでなく現場のモチベーションからも進める設計だ。

AIによる生産性向上の実績。法務のツール利用契約審査は9割、QAは5割、Pocochaの配信審査は6割を削減。開発では生産性20倍に達したプロジェクトもある(DeNAの講演資料より)
AIによる生産性向上の実績。法務のツール利用契約審査は9割、QAは5割、Pocochaの配信審査は6割を削減。開発では生産性20倍に達したプロジェクトもある(DeNAの講演資料より)

「無慈悲なLLM」の時代に、何が残るか

生産性が上がれば、仕事は減る――そう考えるのが普通だろう。ところがDeNAの現場では逆が起きた。楽になったぶん、社員が「やりたくてもできなかった仕事」に次々と手を伸ばし始めたのだ。南場氏は「それはやらなくていい」と止める側に回ることになった。

この攻防は1件ずつ議論しても勝てない。業務知識では現場にかなわないからだ。そこで、新規事業へ人を移すため、ドラスティックに人事を動かす。短期的なリーダーシップで、新しい挑戦への移動を加速させているという。

その新規事業の主戦場が、AIのアプリケーションレイヤーだ。だが南場氏はこの領域を「無慈悲なエリア」と呼ぶ。基盤モデルのプレイヤーが、すさまじい勢いでアプリケーション層にも参入してきているからである。スモールビジネス向けやセールス向けのセットが次々と登場し、「SaaSは終わった」とまで言われる。LLMプレイヤーは容赦がなく、中途半端な専門性では、到底太刀打ちできない。

では、その無慈悲な侵食を生き延びる事業は何が違うのか。南場氏は3つの条件を挙げた。

第一に、「〇〇×AI」の深いドメイン知識とドメインデータである。セールスなどの大括りでは足りない。深い業務知識に裏打ちされていなければ、いずれ基盤モデルに飲み込まれる。すべての領域にAnthropicのようなプレイヤーが参入するわけではない以上、深いドメインこそが堀になる。

第二に、Velocity(速度)である。プロダクト、とりわけUI/UXの優位は一夜にして崩れる。インターネット時代はユーザーの選好が瞬時に入れ替わったが、今度は開発する側が瞬時に書き換えられる。新しいモデルやツールが出た瞬間に何ができるかを見極め、自社プロダクトに取り込んで顧客価値へ転換する――その感度と速さを持つプレイヤーだけが残る。

第三に、Distribution/GTM(販路と市場参入の設計)である。基盤モデルがコモディティ化するなかでは、顧客を押さえていることが力になる。最終的に顧客へ届ける力が問われる以上、大企業とスタートアップの組み合わせが重要になるという読みだ。

深いドメイン、速度、販路。当たり前に見える三条件だが、いずれも「LLMプレイヤーに奪われない事業とは何か」という問いから来ている。

半導体から基盤モデル、開発ツール、アプリケーションまで連なる生成AIの産業構造。最上層のアプリケーション層に、基盤モデルのプレイヤーが参入してくる(DeNAの講演資料より)
半導体から基盤モデル、開発ツール、アプリケーションまで連なる生成AIの産業構造。最上層のアプリケーション層に、基盤モデルのプレイヤーが参入してくる(DeNAの講演資料より)

ドメインエキスパート×技術力という「黄金パターン」

前段で示した三条件は、抽象論ではなく同社の事業ポートフォリオにそのまま表れている。南場氏が「うまくいっているプロジェクトはこの手が多い」と語る型がある。深い専門性を持つドメインエキスパートと、DeNAの技術力を掛け合わせるかたちだ。

手術室管理のAI SaaS「オペプロ」は、その典型である。立ち上げたのは、長年、病院内の各職域と関わってきた手術管理の専門家。本人はAIに強いわけではない。そこに元DeNA CTOの川崎 修平氏が組み、現場に潜む構造的な無駄を解消する仕組みを作った。土木インフラ点検の「トラス」も同じ構造で、名乗るより先に「土木が好きだ」と語るほど志が土木に根ざした人物と、DeNA出身のエンジニアが組む。

顧客の足元の課題から逆算した事例もある。中堅・中小企業向けの「AI社長」は、経営者が理念を語ろうとしても多忙で現場に居続けられないという現実から生まれた。社長の考えをAIに教え込み、従業員が「お客さまにこう聞かれたがどう答えるか」と尋ねると、企業の理念に照らした答えが返ってくる。AI面接の「MiAI」では、AIアバターが求職者の回答に応じて深掘りし、評価基準を企業ごとにカスタマイズできる。導入企業では、エントリ数が15%向上した例や、応募者の6割以上が応募後すぐに面接を完了した例があるという。製造現場の工程管理や情シスのヘルプデスクなど、深く狭い業務に特化したサービスが並ぶ。

かなり深い専門性に、DeNAの技術力を掛ける。共通するのはこの組み合わせだ。錐(きり)のように深く狭いところから入り、顧客を捉えてから広げる――南場氏はこれを王道と呼ぶ。一点を深く突くことで、無慈悲なLLMに奪われない足場を築く発想だ。

さらに同社は、DeNAとして対象領域をまだ定めていないフィジカルAIにも目を向け始めている。入り口の段階だが、アプリケーションだけでなく基盤モデルのレイヤーも含めて取り組む構えだという。深く狭く入る事業群と、未踏領域への布石。その両輪が、同社のAI新規事業を形づくっている。

手術管理AI SaaS「オペプロ」。長年、病院内の各職域と関わってきた手術管理の専門家と、元DeNA CTOが組んで立ち上げた(DeNAの講演資料より)
手術管理AI SaaS「オペプロ」。長年、病院内の各職域と関わってきた手術管理の専門家と、元DeNA CTOが組んで立ち上げた(DeNAの講演資料より)
AI面接「MiAI」の導入事例と効果。ESに代えて導入しエントリ数が15%向上した例や、応募者の6割以上が応募後すぐに面接を完了した例がある(DeNAの講演資料より)
AI面接「MiAI」の導入事例と効果。ESに代えて導入しエントリ数が15%向上した例や、応募者の6割以上が応募後すぐに面接を完了した例がある(DeNAの講演資料より)

固体より流体――Delight創造エコシステムという答え

AI時代の組織論は、いま百家争鳴※の状態にある。新卒・若手は不要、ホワイトカラー9割削減、一人起業、情報伝達だけの中間管理職は要らない、逆Tの字型、ヒエラルキーからインテリジェンスへ――。だが南場氏はこうした意見を頭から信じることはしない。同じ論者の発言を時系列で並べると、言うことは結構変わっている。それも今ならAIが簡単に検証できてしまう、と。

※百家争鳴:多くの人が自由に意見を述べ合うこと

重要なのは、誰かのセオリーを盲信しないことだという。正解が定まらない以上、特定の組織論に賭けるのではなく、変化に強い組織を作ることそのものを目的に据える。

変化に強いのは、固体よりも流体である。DeNAが挑むのは、固定された構造の「固体」型ではなく、状況に応じて形を変える生態系のような組織――エコシステム型の組織づくりだ。南場氏自身が陣頭に立ち、3年で会社のありようを変えることを目標に掲げる。

その全体像が、講演タイトルにもなった「Delight創造エコシステム」である。Velocityで多くの種を試し、有望なものをPickし、Vision(大きな志)へと育てる。その循環を共通基盤と事業支援が下から支える。冒頭の「生み出す力を資産とみなす」思想が、AIを得て組織のかたちにまで及んだ姿だといえる。

無慈悲なLLMが事業の堀を問い直し、AIエージェントが働き方を作り替え、組織論の正解も日々書き換わる。その不確実性のなかで同社が出した答えは、特定の正解に固執せず、変化し続けられる構造を持つことだった。AIをどう使うかを超えて、AIを前提に会社そのものをどう設計し直すか。次の事業を生もうとする企業も、同じ問いを避けられない。

DeNA 南場智子氏