実装が速くなった時代に、上流をどう作り替えるか――ホールC 精鋭10社が示すAI時代の要件定義

生成AIがコードを書き、テストを書き、ドキュメントまで整える。「作ること」のハードルが下がるほど、何を作るべきかを決める上流工程に負荷が集まりつつある。6月11日に開催された「AI要件定義サミット2026」のホールCには、アジャイル開発や高速開発を現場に実装し、開発の効率化と高度化を牽引する精鋭10社が登壇した。計10本の講演が扱ったのは、ヒアリングの自動化からSIビジネスモデルの転換まで。切り口は異なるが、どの講演も「実装が速くなった時代に、上流をどう作り替えるか」という同じ問いに向かっていた。

企業向けシステムの世界で名の通った大手と、AI要件定義の最前線を走る企業が、同じ壇上でそれぞれ20分前後マイクを握る。ホールCはまさにそうした場であった。司会が開会で述べた「現場の知恵を設計に変えるヒントや、新しい可能性との出会いが、きっとこの場にあるはずです」という言葉どおり、講演はプロダクトのデモから、SIという業態そのものを問い直す提言にまで及んだ。以下、論点の近い講演ごとに10本を振り返る。
実装が速くなるほど、「何を作るか」が問われる
伊藤忠テクノソリューションズ「AI駆動開発を成功に導く上流工程のあり方」
クロステック推進部 嶋田 健太郎 氏
伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の嶋田氏は、生成AIやAIエージェントで「作ること自体のハードルは大きく下がった」としたうえで、リスクを指摘した。「AIは正しいものだけでなく、間違ったものも高速に作れてしまう」。要件が曖昧でも、それらしく動くものができてしまうからだ。実装が高速化するほど、何を作るべきかを定義する上流工程の重みが増す、というのが講演の骨子である。
所属するクロステック推進部はローコード基盤OutSystemsを担当し、AIブーム以前から開発の民主化を支援する中で「作れることと、継続的に価値を出せることは別問題」という現実を見てきた。CTCは、2025年12月に要件を構造化するAI要件定義のAcsim、2026年4月にAIエージェントのDevinの取り扱いを開始し、業務整理から実装までを一気通貫でつなぐ。目指すのは「人がすべてを手で作る開発から、人が判断しAIが実行する開発への転換」。マルチベンダーとして、現場のスピードと企業統制の両立を上流から運用まで支えていくという。


DGビジネステクノロジー「AI時代の上流工程で開発側の人はなにを担うのか」
事業開発部 部長 松田 孝宏 氏
デジタルガレージグループでECサイト構築を手がけるDGビジネステクノロジーの松田氏は、構築PMと要件定義を約20年続けてきた実務家だ。AIの広がりを、1990年代に「つなぐと危ない」と言われた商用インターネットが当たり前になった過程と重ね、「すでにインフラに近い」と位置づける。
そのうえで会場に投げかけたのが、「それなりで、いいんでしたっけ」という問いである。AIに任せれば、資料も議事録もコードも「それなり」のものは速くできる。だが納品したシステムには、品質や契約上の責任が伴う。「責任はAIには渡せない」。ヒアリング中の「ひらめき」や「ここで問題が起きそうだ」といった勘所は、人の領域でありすぐには代替されない。だから考えることまで丸投げしてはならない。思考の主役は人であり、AIは最強の補佐という整理である。松田氏自身、講演資料の初版をAIとの壁打ちし、3時間で作ったものの納得がいかず、1か月かけて自分で作り直したと明かした。

「聞く」「つなぐ」「発見する」――要件の前提をつくり直す
Kikuvi「要件定義は“聞く”から変わる――AIヒアリング自動化が拓く、開発サイクル革命」
Founder CEO 佐藤 拳斗 氏
「そもそも、人が聞くべきなのか」。AIヒアリングエージェントを開発するKikuviの佐藤氏は、要件定義の入り口をこう問い直した。米国で惑星形成理論を研究した後、デロイトのAIチーム立ち上げや投資ファンドでの経営改革を経た人物だ。ヒアリングには日程調整の工数、心理的障壁、聞き手の力量によるばらつきという限界があり、関係者が多いほど抜け漏れが構造的に生じる。
Kikuviでは、目的を設定するとAIが質問を設計し、対象者は自由な時間に回答できる。サミットでは音声ヒアリング機能を初公開した。佐藤氏によると、音声での深掘りはテキスト入力の約4倍の情報量になり、3日間で1,500人から回答を集めた実績もある。あるBPR案件では、2か月の予定だったヒアリング期間を2週間に短縮した。MCPサーバーを介して外部のAIエージェントから呼び出し、フィット&ギャップ表の空欄を埋めるヒアリングを自動で回すこともできる。掲げるのは「人間を“聞く”から解放する」という再設計だ。

ファインディ「要件定義からコンテキスト定義へ」
PM室 副部室長 沢井 拓 氏
帳票はExcelで、ここは結合セルに。バッチは深夜2時に。メールに加えてファックスも――。ファインディの沢井氏は、現場の「謎の要望」から話を始めた。謎の要望には理由があるが、その理由はどこにも明文化されていない。この状態でAIに要件定義を任せると、それらしい案は出るものの、現場からは「互換性の都合で変えられないと言ったはず」「去年検討してやめた案だ」と突っ込まれる。「AIの力が足りないのではなく、前提を足せていない」というのが沢井氏の診断だ。
処方箋として示したのが、自ら名づけた「コンテキスト定義」である。判断に使う前提・根拠・制約を、業務フロー上で再利用できる形に整えること。完璧なナレッジベース作りはどの組織でも挫折してきたから、SlackやGitHub、議事録に散らばっている情報をつなぎ直す方が現実的だとする。同社はこれを支える「Findy Context」を開発中で、PoCの段階だ。どの案を採用するかという重み付けは人間に残る、という線引きも添えた。

バク「要件定義構造化最前線!汎用AIとの差別化と勝ち筋〜日本を代表するSIerとの共創事例を踏まえて〜」
代表取締役社長CEO 小路 真矢 氏
2020年設立のバクは「コンピューター誕生以来の未解決問題を解決する」を掲げ、先端技術とソフトウェアの社会実装の自動化を見据える。その第一関門が上流工程だ。IPA未踏を修了した小路氏は、大手SIerとの共創で得た結論を示した。情報を構造的に「残す」、論点を網羅的に「確かめる」、判断の根拠まで「たどる」。この3軸で上流の再現性の骨格はできるが、「骨格までは汎用AIでも到達できる」。
差がつくのはその先である。既存システムへの影響範囲の指摘や、お客さま自身も見えていない暗黙知を引き出す質問設計は、シニアの連想やひらめきに頼ってきた領域で、プロンプトの改善だけでは漏れが残ったという。小路氏はこの知を「発見コンテキスト」と呼ぶ。「個人の業務効率化に留まらず、発見コンテキストを作り、組織的な業務標準化に寄与できるかどうかが、汎用AIとの差別化であり勝ち筋」。プロダクト「開発AIコア」では、複数のAIエージェントを制御する「ハーネス」と組み合わせてこれを実装する。約10名規模のSIerプロジェクトで実施済みで、数百名規模でも動く手応えを得ているという。

プロジェクトと業務を、止めずに前へ進める
セイコーソリューションズ「なぜプロジェクトは止まるのか〜AIで「管理」ではなく推進するための要件定義〜」
戦略ビジネス第三本部 本部長 半田 達哉 氏
「プロジェクトを止めるのは、見えている遅延ではなく、見えていないリスク」。セイコーグループで6,000社超と取引するセイコーソリューションズの半田氏は、氷山の絵とともにこう切り出した。ガントチャートの赤も課題の増加も、すべて結果にすぎない。部門間の認識のズレ、誰も口にしない不安、スルーされた「念のための共有です」。本当に怖いのはリスク表に1行も書かれていない方だと話す。ベテランPMから聞いた「プロジェクトの失敗の大半は嘘と隠蔽」という言葉も紹介した。進捗97%のはずが、実は70%だったという類いの話である。
半田氏は汎用AIを「優秀なシェフ」にたとえる。情報と進め方のルールとナレッジ、つまり「調理場」がなければシェフは力を出せない。同社はPMの仕事を情報・判断・実行・学習の4つの基盤に整理し、まず情報基盤と判断基盤から自社開発を進めている。ナレッジグラフで情報同士の関係を管理し、「この案件のボトルネックは」と聞くだけでAIが判断材料を揃える。狙いは、ベテランの勘を組織として再現できる仕組みに変えることだ。


クラスメソッド「AI活用の前に、整理すべきこと――国内企業AI活用実態調査から見えた現場のリアルと実践アプローチ」
ビジネスコンサルティング部 部長 金子 傑 氏
クラスメソッドの金子氏は、事業会社(ミニストップ)とシステムベンダーの両方の立場で20年弱、PMを務めた経歴を持つ。講演の前半は、同社が実施中のAI活用実態調査(6月上旬時点で約470社が回答)の速報分析だ。競合のAI活用に危機感を持つ企業は8割超。一方で活用領域の上位は文書作成・要約・翻訳と社内検索で、個人利用の延長にとどまる。本格稼働は1社平均2領域、AI予算は未確保・不明・500万円未満で約8割。機運は最高潮だが、会社の損益を動かす段階には至っていない、というのが現在地である。
後半はこのギャップを埋める実践論だった。金子氏はAI活用を「ツールとしてではなく、業務改革の視点で捉え直す」ことを提案し、製造業系専門商社の支援事例を示した。業務を棚卸しし、AI適用を判断できる粒度までタスクを分解する。定型か非定型か、データ処理か対話・生成かの2軸で業務を仕分け、RPA・予測・RAG・生成AIのどれに割り当てるかを決め、優先順位を付けてTo-Be像と削減効果を定量化する。締めくくりは技術ではなく組織の話だった。「AIやシステムに詳しいことよりも、他部門を巻き込んでリードすることが必要です」

Polaris.AI「AI開発の要件定義は、なぜシステム開発と同じやり方では失敗するのか」
代表取締役CEO 徳永 優也 氏
松尾研発のAI開発企業Polaris.AIの徳永氏は、数多のAIプロジェクトの経験から、要件定義の失敗パターンを類型化した。前提になるのは、AIの出力が確率的であることだ。従来の要件定義とは違い、AI開発では「正解を書けない前提で、何をもって合格とするか」を最初に決める必要がある。
こだわりは3つ。第1に課題選定。本当にAIを前提とすべき課題かを疑う。業務プロセスの変更やSaaS・汎用AIで解けるなら、それが一番安い。コストの低い手段を潰してもなお残った課題にだけ、投資する価値がある。
第2にタスク設計。業務の言葉をAIが解ける形に翻訳する。鍵は、ベテラン10人が同じ答えを出せるかどうか。人間が正解を定義できないタスクは、AIにも解けない。さらに、評価指標がビジネス価値とずれていないかも確かめる。1,000個中10個の異常品を検知するタスクで全件を「正常」と答えれば正解率は99%になるが、業務としての価値はゼロだ。
第3に運用への組み込み。オンプレかクラウドか、レイテンシーは0.1秒か、データを外に出せるか。非機能要件が一つ入るだけで、使えるAIもアーキテクチャも根本から変わる。にもかかわらず、これらがプロジェクト後半まで定義されない案件が多い。運用要件は最初から考えるべき論点なのだ。「最初の1、2ステップで、9割以上勝負がついていそう」というのが徳永氏の結論だ。

SIとERPの「前提」を疑う――ビジネスモデルの再定義
ノベルワークス「「SIの殲滅」と「真の創造」――開発(実装)をAIに丸投げし、人間が「経営の成功」を勝ち取る時代へ」
代表取締役 満村 聡 氏
種明かしを先にすれば、殲滅(せんめつ)されるのは「人月商売」である。金融系システムのSE出身で、サイボウズのkintoneを使った開発を手がけるノベルワークスの満村氏は、自ら「ちょっと過激なタイトル」と断りつつ、エンジニアの稼働時間で見積もる従来のSIをAIが直撃すると断じた。原体験は、何億円ものプロジェクトを納期通りに納めた後、顧客から「全然使っていない。利用率7%」と告げられた経験だ。作ることがゴールになり、顧客の成果と切り離されていた。
同社は要件定義を自動生成する「レクシン AI for kintone」を開発し、2026年版では設計からkintoneアプリの自動構築までを担う。商談後4時間で動くモックを顧客に渡せるようになり、開発工数の感覚値で4分の3はAIに代替されるという。ならば速くなった分を黙って利益に乗せるのではなく、料金体系ごと変える。サミット翌日には「作ることにお金は要りません」という成果報酬型の新プランの発表を予告した。「納品して終わりではなく、納品してからがスタート」。なぜ作るかに踏み込む伴走こそが、人間に残る仕事という主張だ。

ワークスアプリケーションズ「未来志向のERP構築とAI活用のポイント」
執行役員 OXYG本部 本部長 中井 陽一郎 氏
登壇10社で唯一のERPパッケージベンダーは、最も大きな前提を疑ってみせた。ワークスアプリケーションズは1996年の創業以来、「カスタマイズは必要か」を疑い、ノーカスタマイズを掲げてきた会社である。中井氏はその30年に触れたうえで、次の問いを置いた。「業務は本当に、人間がやるものなのだろうか」
答えは、AIとERPが融合して「信頼できるチームメンバーになる」、である。社内の合言葉は「ターミネーターではなく、ドラえもん」。人間を駆逐するのではなく、助けながら成長も促す存在だ。講演で示したERP「HUE」の画面では、ワークフロー上のAI承認者がリスクの低い申請を自動承認し、債権と入金の突合ではAIの提案をルールベースの設定に変換して確実性を担保する。2,400社超のユーザーの業務ノウハウが文脈を支える。中井氏は要件定義の前提も3つ変わるとした。画面からデータとコンテキストへ。仕様からゴールと許容度の定義へ。結果から思考プロセスの出力へ。エラーの許容度と人のリカバリーを決めることが、AI時代の要件定義になるという見立てだ。


10社が示した、業界を変える機運
ヒアリングの自動化、散在する文脈の接続、発見的な知の構造化、プロジェクト推進の仕組み化、業務分解の方法論、そして料金体系や要件定義そのものの再設計。10本の講演が持ち寄った答えは多様だが、向き合う問いは重なっていた。実装をAIが担う時代に、何を作るかを決める工程をどう立て直すか、である。
大手SIer、老舗パッケージベンダー、コンサルティング企業、スタートアップが同じホールに並んだ事実は、この問いが一部の先進企業の実験ではなく、業界全体の課題になったことを示している。次に問われるのは、ここで示された手法と思想を、参加各社が自分たちの現場でどう動かすかだ。要件定義は、AI開発競争の主戦場になりつつある。