技術より先に、業務と責任を設計する――JR東海×NRIが描くリニア設備保全の変革
東海旅客鉃道株式会社・株式会社野村総合研究所/富永 誉也・高橋 寛和 氏

AIやロボットを導入しても、業務が部門ごとに分かれ、データの持ち方や判断基準が異なれば、全社規模の変革にはつながらない。「AI要件定義サミット2026」でJR東海と野村総合研究所(NRI)が示したのは、技術導入の前に業務を整理し、次に人を前提としない運営へ進む2段階の設計である。リニア中央新幹線の設備保全を題材に、長期プロジェクトが技術進化を取り込む方法を追う。
講演タイトル・登壇者プロフィール
- 講演タイトル
- リニア中央新幹線の構想をAIでどう活かすか〜事業者と変革パートナー、二つの視点から語る 上流工程改革〜
- 登壇者1
- 富永 誉也 氏東海旅客鉃道株式会社(JR東海) 中央新幹線推進本部 リニア開発本部 担当課長
- 登壇者2
- 高橋 寛和 氏株式会社野村総合研究所(NRI) コンサルティング事業本部 業務・IT戦略コンサルティング部 部長
「1周目」は標準化とデータ基盤、AIはその後に来る
東京から名古屋まで40分、東京から大阪まで67分。JR東海が計画するリニア中央新幹線は、三大都市圏を一つの巨大都市圏として結ぶ構想でもある。JR東海の公表では、三大都市圏の域内総生産は約320兆円で、日本全体の約57%を占める。その運営を長期にわたって支える設備保全では、技術の進歩だけでなく、働き手の減少も前提に置かなければならない。
NRIの高橋 寛和氏は、目指す姿へ一足飛びに進むのではなく、変革を2周に分けた。1周目は、部門ごとに分かれた業務とシステムを標準化し、モジュール化された業務プロセス基盤を作る段階。2周目は、その基盤の上でAIやロボットに作業を移し、ソフトウェアの進化に合わせて業務、組織、人の役割を更新する段階である。
「バラバラの業務のところにパッチワークのように当てていくのではなく、整備するべき業務、そろえるべきデータ基盤をそろえて初めて、全社的にAI、ロボティクスを活用できる」と高橋氏。
加えてリニア中央新幹線開業後も進化する技術に追随して、継続的に変革していく構造を作り上げる「ソフトウエアドリブン」をコンセプトとし、これを支える考え方が、変化を感知し、取り込む機会を選び、組織やプロセスを変える「ダイナミック・ケイパビリティ」である。AIを追加機能として扱うのではなく、変化を継続的に取り込める業務構造を先に作る。講演の焦点は、技術の性能よりも、その受け皿に置かれていた。
両社の取り組みは2025年、当初は系統別設備管理システムの一本化構想から始まった。その後、議論の対象はシステムから業務へ広がり、現在は業務統合とシステム統合を一体で進めている。画面を一つにするだけでは、入力するデータも、その前にある検査や契約の流れもそろわない。1周目の出発点は、システムだけでなく、業務そのものを見直すことにある。

3系統の保全を、業務・データ・画面から束ね直す
JR東海には5つの専門分野があり、社内で「系統」と呼んでいる。リニア中央新幹線の設備管理構想では、このうち機械、土木、電気に関わる業務の一部を横断的に統合する。従来は系統ごとに設備を持ち、検査、契約、計画などの業務やシステムも個別に組み立ててきた。専門性を磨くには合理的だが、同じ沿線を各系統の担当者が別々に巡回するなど、横断運営には重複が避けられない。横断的な統合に踏み切った背景はここにある。
JR東海の富永 誉也氏が示した打ち手は、業務統合、データ共通化、ユーザーインターフェース(UI)統合の3つである。検査や契約を共通化すれば、系統をまたぐデータを集約できる。データの持ち方と入力画面をそろえれば、同じ画面から各系統の情報を確認し、横断的なダッシュボードも作れる。業務、データ、画面を別々に改修するのではなく、相互に回る関係として設計している。

ただし、すべてを統合するわけではない。現地検査は、作業の難易度と判断の難易度で分類する。数値基準で判定できる完全定型の検査は統合の対象にしやすい。一方、熟練技能や資格を要し、複数要因から総合判断する検査は各系統の専門人材に残す。AI導入範囲を広げること自体を目的にせず、どこまで共通化し、どこから専門性を残すかを要件として切り分けている。
将来の分担は、現在の部署割りをそのまま引き継ぐのではなく、仕事の性質から決める。個々の業務を作業と判断に分け、他系統の人材でも担える仕事、AIやロボットへ移せる仕事、専門人材に残す仕事を定義し直す。業務統合の要件定義では、共通化できる部分を探す一方で、専門性を残すべき領域と、その理由も明らかにする。
作業主体を替えるだけでは、責任の所在は変わらない
JR東海が描く将来像では、沿線の定常業務をAI搭載のロボットやドローン、IoTを活用し、人はコントロールセンターで技術適用、業務設計、監督、教育を担う。現状の組織や業務にソフトウエアを当てはめるのではなく、利用できる技術から逆算して業務と組織、ヒトの役割を組み替える。これが両社のいう「ソフトウエアドリブン」である。
難所は自動化率ではない。講演資料では、業務支援から完全自動化までを5段階に分け、レベル2から3で作業主体を人からAI・ロボットへ移し、レベル3から4で責任主体を再設計すると整理した。AIが作業できても、その結果を誰が信頼し、妥当性に誰が責任を持つのかが決まらなければ、現場運用には入れない。

そこで山梨実験線を、効果と実現可能性を確かめるリアルフィールドとして使う。状態監視による検査代替や実績のデジタル化を重ね、作業主体を移せるか、遠隔監視で品質を担保できるかを段階ごとに検証する。また取り組みの優先順位として、技術への依存度が低く、開発に時間がかかる業務プロセス基盤やデータ基盤は早めに着手する。LLMのように進化が速く、置き換えやすい領域は開業に近い時点まで柔軟性を残す。超長期プロジェクトでは、仕様を早く固めることより、いつ決めるかを設計する必要がある。
つまり、要件を固定する時点も一律ではない。長期間使う基盤は早く決め、技術の進化が成果を左右する機能は選択肢を残す。山梨実験線での検証結果を次の判断へ返すことで、構想時点の技術を開業時まで抱え込むリスクを減らす。要件定義を一度きりの確定作業ではなく、技術と現場の変化を取り込む判断の連続として扱っている。
横断チームを、変革を回し続ける組織へ
設備保全の統合を担うのは、機械、土木、電気の各系統から集まった次世代メンバーである。富永氏のチームは、業務とシステムの両方を理解し、系統間、地域間、職位間の認識差を埋める役割を担う。将来は、経営方針と各系統の改善をつなぎ、全体最適を差配するオーケストレーション組織へ発展させる構想だ。
NRIは、この機能を全社横断の「プロセスCoE(Center of Excellence)」として一般化した。これは、業務改善の専門知識やノウハウを集約し、組織全体へ展開する中核組織を指す。全社標準とガバナンスは横断組織が担い、系統内で解ける改善は現場に残す。統制を強めるだけでは改善速度が落ちるため、全体最適と現場自律の境界を設計する。
高橋氏は、AIで生まれた余力の行き先まで決めなければ投資対効果は出にくいとも指摘した。AI・ロボティクスへの代替によって作業工数を減らすだけでなく、作業を担っていた人材をどの成長領域へ移すかを人材戦略とつなぐ必要がある。AI要件定義で問われるのは、何を自動化するかだけではない。誰が判断し、誰が責任を負い、空いた人材をどこへ移すのか。その3点を業務設計の内側に入れられるかが、変革の2周目へ進む条件になる。


